3度目の入院、クローン病
歩くのがやっとという状態で、またK病院を訪れた彼は、
腸閉塞を起こしており、そのまま入院となった。
鼻から管を入れて、腹にたまった内容物を取り除きながら、
IVHと絶食。4日ほどで痛みは治まる。
次の週からは、検査の連続だった。
結果、S状結腸と小腸の終わりの部分に病変が見つかり
正式にクローン病と診断された。
両親とともに説明を聞いたが、さすがに母親は取り乱していた。
【原因不明のまだ治療法のない病気で、一生付き合っていくことになる。】
「これだけ調子が悪いんだから、ちょっとした病気ってんじゃすまないだろうな。」
と思っていた彼には、それほどのショックはなかった。
今、絶食になっていることのほうがきついな、ぐらいの感覚だった。
「ま〜、なっちまったもんはしょうがね〜や。
どーにかなるだろ。(笑)」
楽な性格だ。
初めての手術
絶食のまま、時々検査をしながら約5ヶ月、
いいかげんいやになってきた。
この間に友人の結婚式もあったが、主治医に相談したら、
「どうしてもって言うんなら行ってもいいけど、食べたり飲んだりはできないよ。」
と言われあきらめた。
検査の結果も、症状はなかなか改善されない。
「もう、病院は飽きたよ〜」
「手術で取っちゃえば早いんだけどね。」
「切りましょう。」決断は早かった。
早く帰れるのなら何でもイイや。
こうして初めての手術が決まり、平成2年の12月
彼は外科に転科した。
切腹はクリスマスの1週間前だった。
白い服着てメスをもったサンタクロースってのもいやなものだ。
手術は予定どうり3時間ほどで終わった。
検査の結果どおり、S状結腸と小腸の終わりの部分の切除。
裸で手術台に寝たせいか、腰が痛い。ほんとに痛い。
傷の痛みは薬で治まるが、腰には効かなかった。
もともと腰痛持ちだが、こんなところで出るとは…。
最初の一晩は、切った傷と同じぐらい痛かった。(>.<)
切除した腸は、見せてもらえなかった。残念だ。
1週間後に笑わせにきてくれた友人、(悪友)いつか仕返ししてやる。(笑)
幸い経過もよく、大晦日には1泊だが外泊も許され
病院で年越しという事態だけは避けることができた。
エンシュアリキッド併用だが、久しぶりに食事も摂れるようになった。
ベスビオンも飲まされたが、下痢がひどくて大変だった。
そして、新年を迎えて1ヶ月
約6ヶ月ぶりに彼はシャバに戻ってきた。
エンシュアリキッド15箱をお土産に…
うーん、重いよー。
緩解、そして再燃
| エンシュアリキッドを1日9本、食事は消化の良いものを少しずつ。 こう言われて退院してきた彼だが、家で飲んだエンシュアは2,3本。 食事にさえ気を付ければ、大丈夫だろうと、しばらくは気にしていたが、 あれだけひどかった体調がうそのように楽になっているのだ。 前と同じ生活に戻るのに、それほど長い時間はかからなかった。 知り合いの紹介で、前から興味のあった自動車整備の仕事にも就く事ができた。 再発の可能性がある病気であることを話し、月に2回の通院も認めてもらえた。 性格的には、合わない社長だったが…。 まあ、3年ほどは体調もよく、仕事も順調にこなしていたのだが、 平成6年頃からだろうか。 また、あの腹痛が起きるようになったのは。 またかと思いながら、最初は我慢していたのだが、 痛みはだんだんひどくなってくる。 動けなくなるほど痛み、仕事に支障をきたすようになってくると、 社長との関係が険悪になってきた。 病気のことは、説明してあるはずだが、 ちょうどこの頃の自動車整備法改訂のこともあり、 会社にとって大変な時期だったことも原因のようだ。 しかし痛みはどうしようもなく、休みがちになってきた平成7年、 5月の連休中に腸閉塞で、10日ほど入院。 いったんは良くなって出社するが、1週間後に再入院。 2度目の手術を受けることになる。 |
2度目の手術
| 最初から外科に入院したため、手術まで時間はかからなかった。 2度目でもやっぱり痛い。 腰の痛みも前と同じ、切った傷より気になる。 術後の経過は良くて、7月半ばに退院することができた。 約2ヶ月、なるべく切らないほうがいいのはわかっているが、 内科でいつまでも絶食してるより、手っ取り早くていい。 退院後の注意も、消化のいいものを食べるようにと言われただけで 栄養剤を持たされることもなく、すぐに病気のことなど 気にしなくなってしまった 退院した次の日には、早速海に遊びに行き、 「やっぱり夏はこれでしょう」と、ビールをがぶ飲み。 先が思いやられる。 入院中に、怠け者の性格が出たのと、人間関係がうまくいかないのが嫌で 仕事はやめてしまったので、しばらくはプー太郎だ。 しばらくは遊んでいたが、やはり先立つものは必要である。 どうしようかと思っているところに、近所に住む叔父から声がかかった。 叔父は自分で小さな商売をしているのだが、尿道結石の治療のため しばらく入院するので、その間手伝ってくれと言う。 学生時代に、アルバイトさせてもらっていたこともあり 仕事の内容もわかっているので、1も2もなく引き受けることにした。 まさに、渡りに船、彼はこういうところで意外についている。 時期的に、就職先を探すのも難しく、叔父の体調が良くなった後も、 半ば済し崩しにそこに就職してしまう。 |
もう大丈夫だろ
| 例によって、狭窄部のなくなったおなかは絶好調である。 相変わらず、毎日が下痢と言う状況で、 少し考えれば無理は利かないことに気がつきそうなものだが 彼は学習という言葉を知らないのだろうか。 若いうちに発症する、という医師の言葉を、 ある程度の歳になれば再発が少なくなる、 と勘違いして解釈していた彼は、 もう結構な歳だし、それほど再発することもないだろう、 とかなり甘い考えで生活していた。 確かに、しばらくは痛みもなく、症状と言えば下痢だけ。 もう下痢には慣れてしまっているので、いつものことだと気にもしない。 一度に食べる量は少なくなったが、焼肉、ラーメン、スパゲッティと 食事にもあまり気を使わず、再発させるために生活しているようなものである。 いつまで体調を維持できるのやら。 |
